情報化社会は予言されていた!?

インターネットにいつでもどこでもアクセスできるようになった今、何か知らないこと、わからないことがあっても、すぐに調べられるようになった。

しかし、得られる情報量は膨大で、中には間違った情報、歪められた情報が混ざる。というか、大半がそうだ。正確な情報を探し出すのは楽ではない。

結果、調べれば調べるほどわからなくなることもある。正しい情報を判断するモノサシが必要だ。それは何かと考えると、自分の頭で判断するしかない、というあたりまえの答えに行き着く。

ある情報を裏付けしている根拠、理論、背景が客観的な視点からのものかどうか。客観性の度合いをつきつめていくことが重要だ。このときに障害になるものが、いわゆる「常識」「一般論」という耳障りの良い「偏見」や「うそ」である。量が多く、みんなが信じて疑わない情報こそ、誤った情報であることはままある。

とはいえ、実生活に影響があるような情報は限られているし、誤った情報に踊らされていることは、そもそも自覚すらできないわけだから、それならそれでいいのかもしれない。

知らないほうが幸せだった、と後悔することだってあるかもしれない。

こう考えていくと、先人が今に語りついできた「知らぬが仏」とは、実に意味深い格言だ。あるいは社会が、このように発展することを予言していた言葉だとすれば、すごいことである。

 

 



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